大判例

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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)381号 判決

原告

森本久雄

右訴訟代理人弁護士

塚本宏明

宮崎誠

池田裕彦

魚住泰宏

上田裕康

右訴訟復代理人弁護士

村尾龍雄

被告

株式会社嶋崎興産

右代表者代表取締役

嶋崎貞子

右訴訟代理人弁護士

北山六郎

土井憲三

岡田清人

林晃史

被告

株式会社寺元工務店

右代表者代表取締役

寺元一夫

右訴訟代理人弁護士

前田貢

主文

一  被告株式会社嶋崎興産は、原告に対し、三億五七八六万一四〇五円及びうち三億円に対する平成三年三月二〇日から、うち五七八六万一四〇五円に対する平成九年五月二七日からいずれも支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社嶋崎興産に対するその余の請求及び同株式会社寺元工務店に対する主位的・予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社嶋崎興産との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告株式会社寺元工務店との間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

(一) 被告株式会社嶋崎興産(以下「被告嶋崎興産」という。)は、原告に対し、三億円及びこれに対する平成三年三月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 被告らは、原告に対し、連帯して七〇八六万一四〇五円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告らは、原告に対し、連帯して二億二〇八六万一四〇五円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  売買契約

原告は、平成二年七月二〇日、不動産の売買等を目的とする株式会社である被告嶋崎興産との間で、被告株式会社寺元工務店(以下「被告寺元工務店」という。)の施工により被告嶋崎興産が建築する予定の別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)とその敷地である同記載(二)の土地(以下「本件土地」といい、本件建物とあわせて「本件土地・建物」ともいう。)とを一括して代金三億円で買い受ける旨の売買契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、同三年三月二〇日、被告嶋崎興産から本件建物の引渡しを受けるとともに、同被告に対し右売買代金を支払った。

2  本件建物の瑕疵

(一) 浸水現象の発生

平成三年六月中旬ころ、二、三日雨が降り続いた際に、地中から浸入したと思われる水が、本件建物地下一階の玄関ホールから同階階段下に設置された物置付近にかけて北側壁沿いの床面に浮き上がり、これを拭い取ってもまた水が浮き出てくるという事態(以下「浸水現象」という。)が発生した。

さらに同年九月ころ、平成四年六月ころ及び同年九月ころにも同様の浸水現象が生じた。

(二) 浸水現象の原因(本件建物の瑕疵)

本件建物はコンクリート造であるところ、その施工上、既設コンクリート部分と新たに打設するコンクリート部分との間に生じる継ぎ目(以下「打継ぎ部分」という。)の隙間から地下水等が浸入することが考えられるほか、コンクリートの材質上、元来浸水可能性があり、またひび割れを生じてその部分から浸水する可能性もある。さらに、本件建物は斜面を掘削した上、地下一階及び地上一階の北側部分が地中に埋没する形態で建設されているのであるから、雨水の排水対策はもちろん、地下水に対する防水対策も必要となるところ、本件建物の基礎の一部が地下水の常水面下に入り込んでおり、降水等により常水面が上昇する可能性があることを考慮すると、本件建物においては通常の建物以上に浸水に対する十分な措置は不可欠である。しかるに、本件建物には、建物が本来備えるべき建物内部への浸水に対する防水構造や排水設備等において通常発見することが困難な構造上または施工上の以下のような瑕疵があり、これらに基因して浸水現象が発生したのである。

(1) 北側地下壁の水抜き空間及び排水パイプの不存在

設計図面では地下一階部分の北側地下壁として躯体コンクリートの内側にコンクリートブロック積みの壁を設置して二重壁とし、躯体コンクリートを浸透した地下水等が建物内部に浸入するのを防止するために両者の間に幅一〇〇ミリメートルの空間(以下「水抜き空間」という。)を設け、その底部に、同所に溜った水を排出するための直径二〇ミリメートル程度のパイプ(以下「排水パイプ」という。)を設置することになっていたにもかかわらず、実際には躯体コンクリートとコンクリートブロックとの間には一〇ミリメートル程度の隙間しか設けられておらず、その隙間もコンクリートブロックの目地詰めモルタルによって大部分が塞がれており、排水パイプも設置されておらず、躯体コンクリートを透過した地下水等を適切に排水することができない。

したがって、水抜き空間及び排水パイプが存在しないことは、本件売買契約において保証された設備、構造を欠く点で瑕疵であると共に、排水機能上の重大な瑕疵である。

なお、本件建物地下一階物置内部の北側プラスターボード壁に打たれた釘は、床から約1.5メートルの高さに打たれたものまで錆付いており、右の北側地下壁の二重壁間の隙間には、数回にわたって右程度の高さまで水が滞留していたものと推測される。

(2) 東側透水層及び透水管の不存在

設計図面によれば、東側地下壁の外側と土面との間に、雨水等を排水設備もしくは地中に導くため幅八〇センチメートルないし一メートルにわたり砕石を入れた透水層(以下「東側透水層」という。)を設置し、その下部に透過した雨水等を排水設備に導くための透水管を設置することが予定されていたが、現実には設置されていない。本件建物の東側壁においては、植込みを配置するため地下一階部分と地上一階部分との打継ぎ部分より高い位置に盛土がされているから、雨水等が右打継ぎ部分の隙間から建物内部に浸透し、土間等へ滲出する可能性が高い。したがって、東側透水層及び透水管が設置されていないことは、本件売買契約において保証された設備、構造を欠く点で瑕疵であると共に、防水機能上の重大な瑕疵である。

(3) モルタル防水のひび割れ

本件建物北側地下壁の上部にあたる一階北側部分にはドライエリアが設けられており、その底部にはモルタル防水が施工されているが、ひび割れが生じており防水機能上瑕疵がある。

(4) 窓枠コーキング材の老化

本件建物の各階窓のアルミサッシ窓枠と壁との間に防水のため充填されたコーキング材が老化しており、雨水の浸入等に対する防水機能上瑕疵がある。

(5) 防水機能の不全

浸水現象が以上の瑕疵に基因するものでないとしても、浸水現象が生じた事実から、本件建物には防水機能上瑕疵があることは明らかである。

(三) 原告は、平成六年八月一日午後三時ころから同月三日午前一〇時ころまで、本件建物北側のU字溝へ水道水を通常の流水量で流すという実験を行ったところ(以下「本件実験」という。)、そのころは長期間にわたって降雨がないにもかかわらず、本件実験を開始した約一時間後には、原告が浸水現象の原因究明のため一部損壊していた地下一階物置内の北側地下壁部分の鉄筋及びコンクリートブロックに湿り気が認められ、その後、本件建物東側の前面道路に面した部分から大量の水が噴き出し、さらに本件建物の玄関床部分に浸水現象と同様の現象が見られた。

右の実験結果は、本件建物に前記の瑕疵が存在することを裏付けるものである。

3  被告らの責任原因

(主位的請求)

(一) 被告嶋崎興産の瑕疵担保責任

(1) 本件売買契約の解除に基づく原状回復義務

イ 契約目的の不達成

本件建物においては、前記の瑕疵により、躯体コンクリートを透過した雨水や地下水が、適切に排出されずにコンクリートブロック壁を透過して建物内部壁の下部に漏出するか、または、コンクリート打継ぎ部分の隙間等を経由して床土間部分に漏出して、浸水現象が発生したものであり、その結果、内装クロスが剥がれたり変色した部分が多数存在するほか、建物の重要部分である鉄筋部分等の強度や寿命に重大な影響が生じた。

原告は転売する目的で本件土地・建物を購入したもので、本件売買契約時にはその旨を表明しており、被告嶋崎興産もそれを認識していたところ、本件建物に前記のような瑕疵があるままではもちろん、床下に溝を作るなどの応急修理をしたとしても、外観上の問題があり商品とならない。前記の瑕疵を補修するには、北側地下壁部分については本件建物北側の壁及び床部分を大きく破壊して新たに工事をする必要があり、また、東側透水層の設置は本件建物の現状のままでは不可能であり、本件建物が鉄筋コンクリート造の構造であることからすると、瑕疵補修工事は本件建物を新築するに等しいものとなることは明らかである。さらに、本件売買契約締結時以降の不動産市況の低迷に鑑みると、原告は前記の瑕疵の存在により本件建物を転売する好機を逸したといえ、転売により利益をあげるという契約目的を達成することは不可能である。

ロ 解除の意思表示

原告は、平成四年一二月一八日に被告嶋崎興産に到達した書面により、同人に対し、本件売買契約を解除する旨予備的に意思表示し、平成六年九月二二日に同被告に到達した書面(同月二一日付け「訴変更の申立書」)により右意思表示の効果を確定的に主張する。仮に、右意思表示が有効でないとすれば、同書面により新たに本件売買契約解除の意思表示をする。

ハ よって、被告嶋崎興産は、原状回復義務の履行として受領済みの売買代金三億円を原告に返還し、これに対する被告嶋崎興産が右売買代金を受領した日である平成三年三月二〇日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による金員を支払う義務を負う。

(2) 損害賠償義務

原告は、本件建物に前記の瑕疵があることにより以下の損害を蒙っているから、被告嶋崎興産は、その賠償義務がある。

① 支払利息相当額

五七八六万一四〇五円

原告は本件土地・建物の売買代金の資金として東海銀行から借入れをなし、本件口頭弁論終結時までに利息として五七八六万一四〇五円を支払ったので、右支払額相当の損害を被った。

② 慰謝料 三〇〇万円

原告は、浸水現象について、平成三年六月ころ及び同年九月ころ、被告嶋崎興産及び同寺元工務店に対し原因究明と善処を申し入れ、また、同年一二月一八日到達の書面で被告嶋崎興産に対し損害賠償請求の意思表示をしたが、被告両名は誠実に原因究明を行おうとせず、原告の主張する瑕疵の存在を否定し、玄関付近の浸水現象は結露が原因であると主張して、被告らの法的責任を否定する態度をとり続けた。そこで原告は、平成五年三月二四日、被告嶋崎興産に対し損害賠償の内金として五〇〇〇万円の支払を求める民事調停を神戸簡易裁判所に申し立てたが、右調停においても被告嶋崎興産は法的責任を否定する態度に終始し、右調停は不調に終わった。このように被告らが浸水現象の原因究明をせず、責任を否定し続けたため、やむなく原告が調査、実験することによって本件建物に前記の瑕疵があることが判明したのであり、原告は、この間、被告らの不誠実な対応により多大な精神的苦痛を受けた。

また、原告は、前記の瑕疵があることにより本件建物を売却することができず、現在、前記の多額の金利負担に苦しんでいる。

このような事情を勘案すれば、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は三〇〇万円が相当である。

③ 弁護士費用 一〇〇〇万円

(二) 被告寺元工務店の不法行為責任

被告寺元工務店は、本件建物の建築にあたり、建築士の資格を有しない同被告の従業員である森崎三千夫の誤った判断に従い、前記のとおり、設計図面において建物内部への浸水を防止するために設置することが予定されていた水抜き空間及び排水パイプを設置しなかった過失があるところ、同被告は、本件建物建築の際には、原告が本件建物を転売する目的で購入することを知っていた。したがって、同被告は民法七〇九条により前記①ないし③の損害を賠償する責任がある。

(三) よって、原告は、被告嶋崎興産に対し、本件売買契約解除に基づく原状回復請求として売買代金三億円の返還及び右売買代金支払日である平成三年三月二〇日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による利息金の支払を求め、また、被告嶋崎興産に対しては瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、被告寺元工務店に対しては不法行為責任に基づく損害賠償として、連帯して七〇八六万一四〇五円及びこれに対する本件口頭弁論終結の日の翌日である平成九年五月二七日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求)

仮に、本件売買契約の解除が認められない場合には、原告は、被告嶋崎興産に対しては瑕疵担保責任に基づき、被告寺元工務店に対しては不法行為責任に基づき、原告が被った以下の損害の賠償として、連帯して、合計二億二〇八六万一四〇五円及びこれに対する本件口頭弁論終結の日の翌日である平成九年九月二七日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(一) 瑕疵補修費用

一億五〇〇〇万円

本件建物の前記の瑕疵を補修するには前述のように新築工事に等しい工事が予想され、その費用は一億五〇〇〇万円を下回ることはない。

(二) 支払利息相当額

前記のとおり五七八六万一四〇五円

(三) 慰謝料

前記のとおり三〇〇万円

(四) 弁護士費用

前記のとおり一〇〇〇万円

二  請求原因(主位的・予備的)に対する被告らの認否及び主張

(被告嶋崎興産の認否)

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2(一)の浸水現象の発生は不知。

同(二)中、(1)の北側地下壁の水抜き空間の幅が一〇ミリメートル程度であり、当初の設計図面と異なることは認めるが、その余の事実は否認。本件建物に瑕疵があることは争う。

同(三)は不知。

3 請求原因3について

(主位的請求について)

(一)のうちイは不知。ロのうち、原告が、被告嶋崎興産に対し、その主張する書面によって本件売買契約を解除する旨予備的に意思表示したことは認める。

同(二)の①及び③は不知。同②のうち、原告から損害賠償請求があったこと、被告嶋崎興産がこれを拒否したこと、その後、被告嶋崎興産が本件建物の瑕疵を否定し浸水現象の原因が結露であると主張していること、原告主張の調停が申し立てられ被告嶋崎興産が責任を否認したことは認めるが、平成三年六月ころ及び同年九月ころ原告主張の申入れがあったことは否認する。

被告嶋崎興産が原状回復義務あるいは損害賠償義務を負うとの主張は争う。

(予備的請求について)

(一)ないし(三)は不知。

被告嶋崎興産が瑕疵担保責任を負うとの主張は争う。

(被告寺元工務店の認否)

1 請求原因1のうち、被告寺元工務店が本件建物を建築した事実は認めるが、その余は不知。

2 請求原因2(一)の浸水現象の発生は不知。

同(二)中、(1)の北側壁水抜き空間が一〇ミリメートル程度であり、当初の設計図書と異なることは認めるが、その余の事実はいずれも不知。本件建物に瑕疵があることは争う。

同(三)は不知。

3 請求原因3について

(主位的請求について)

同(二)①及び③は不知。同②のうち、被告寺元工務店に対し原告主張内容の申入れがあったこと、被告寺元工務店が浸水現象は建物の瑕疵によるものではなく他に原因がある旨を述べたこと、原告主張の調停が申し立てられたことは認めるが、その余は不知。

被告寺元工務店が不法行為責任を負うとの主張は争う。

(予備的請求について)

(一)ないし(三)は不知。

被告寺元工務店が不法行為責任を負うとの主張は争う。

(被告らの主張)

1 原告主張の浸水現象の不存在

本件建物について、北側外壁からの浸水ないし地下からの浸水を確認したとする者は原告のみであり、被告寺元工務店代表者、被告嶋崎興産担当者、本件建物の設計監理担当者らが、平成四年秋ころ、本件建物内においてその有無について確認をしたが、原告が主張するような浸水現象は認められなかった。

2 浸水現象の原因

(一) 本件建物は気密性が高く、地下一階及び地上一階の北側は全面土砂に接しているほか玄関部分の東側壁面も土砂に接していて通風が極めて悪いうえ、原告においても本件建物を取得した後、窓の開放を心掛ける等の建物管理を怠っていたためほとんど密閉状態であった。浸水現象は、このように建物内部が密閉され空気の動きが少ない状態で室内温度が外気温よりも高いという温度差が生じたことによって、壁面のコンクリート自体に多く含まれる水分が温度の高い室内側に滲み出し、同時に、室内の空気中に含まれる水蒸気が冷たい壁に触れて水滴となる現象(結露)により大きな水濡れが生じたものである。

(二) 原告が主張するクロスの変色は本件建物一、二階のあちらこちらに認められるのであり、このことは浸水現象が結露によるもので建物外部からの浸水によるものではないことを示している。

また、本件建物のガラス窓には水滴が付着し、一部には流れ落ちた跡が認められ、建物内部に結露を生じたことは明らかである。

仮に、浸水現象が原告主張のように建物外部からの浸水によるものであるとすれば、玄関よりも低いアプローチ部分や駐車場にも浸水現象が見られるはずであるが、その形跡はない。むしろ、アプローチや駐車場は比較的通風が良いため結露を生じなかったと推測されるのであり、浸水現象は結露によるものであると考えられる。

3 北側壁面についての水抜き空間の瑕疵の不存在

(一) 当初の設計図面(意匠図)においては北側地下壁に水抜き空間及び排水パイプの設置が予定されていたのは事実であるが、その施工段階において工事担当者と設計工事監理者とが協議した結果、以下のように浸水の可能性がなく、かつ防水対策が十分とられていることから排水設備を設置する必要がないと判断したのであり、北側地下壁の二重壁の隙間が一〇ミリメートル程度であっても、本件建物の瑕疵ということはできない。

(1) 本件建物の敷地において建築前に行ったボーリング調査によると、本件建物の地下数メートルまで自然水位が確認されておらず、本件建物に地下水が浸透することを懸念しなければならないほど地下水の常水面が高い位置にあるとはいえない。

(2) 本件建物の外壁のうち、北側、東側、西側の各壁は土圧を考慮して強度を増すために、当初設計では二五〇ミリメートルであった壁厚を三〇〇ミリメートルとしたことにより、水抜き空間である二重壁の隙間が狭隘なものとなったが、壁厚を増したことにより外壁を通じて地下水等が浸透する可能性は極めて低くなり、水抜き空間の設置は不要となった。

(3) コンクリート躯体の外壁面には、防水措置としてケイ酸系防水剤であるセリノールDS―一〇〇が塗布されており、また、コンクリート打継ぎ部分には塩化ビニール製の止水板が埋め込まれていて、外壁面からの浸水に対して防水対策が施されている。

(4) 雨水の防水対策としては、本件建物の北側、東側(ただし、一部のみ)、西側は山の土砂と直接接することとなるので、それぞれ壁の外側の土砂との間に幅八〇ないし一〇〇センチメートルにわたり砕石を入れた透水層を設け、雨水等を透水したうえで透水層下部に設置した通水パイプによって排水するように施工しているほか、北側には壁面に沿ってU字溝を敷設し表流水を排水処理するように施工している。

(二) 原告は、原告が所持する設計図面(竣工図書)と本件建物北側地下壁等の現状とを比較して、設計図面と異なる施工がされている旨主張するが、本件建物の竣工図は、施工段階で加えられた変更を見落とし、当初の設計図を修正しないまま作成されたものであり、施工段階において監理者と協議の上変更されたものである。

(三) 原告は、地下一階の物置内北側壁に打たれた釘が錆付いていたことから、北側地下壁の二重壁の隙間にかなり高い位置まで水が滞留していたと主張するが、右の釘はコンクリートブロック壁の方向に打たれているものではないから、釘の錆から右隙間に水が滞留していたことを推測するのは誤りである。

また、仮に、水が滞留していたとすれば、滞留した水は浸水性の高いコンクリートブロックを通して建物内側に浸入し、コンクリートブロックとその内側に設置されたプラスターボードの間から床面に排出されるはずであるが、そのような事実はない。さらに、現在、降雨時に浸水現象は認められず、後述のように極めて大量の水を流した本件実験においても、北側地下壁やその水抜き空間から建物内部に浸水した事実はないのであり、北側地下壁の水抜き空間が狭隘であることが本件建物の瑕疵とはいえない。

4 東側透水層の不設置について

本件建物の東側地下一階部分には、幅八〇センチメートルの植込みを設置し、ドライエリアとしての空間を確保しているから、東側壁から本件建物内部に浸水する可能性はなく、東側透水層が設置されていないことは瑕疵にはあたらない。また、コンクリート打継ぎ部分には塩化ビニール製の止水板を設置しているのであるから、打継ぎ部分の隙間から地下水等が建物内部に浸入することはありえない。

5 モルタル防水の不備について

原告が主張するモルタル防水のひび割れは、北側ドライエリアの底部であるが、右ドライエリア部分と地下一階北側壁とは離れているうえ、右ドライエリアの下は透水層であって、水漏れがあったとしても地中に排出される。また、原告が右ひび割れを確認したのは阪神・淡路大震災後の平成八年四月であることからすると、右ひび割れの原因が設計、施工上の瑕疵によるものか否かは不明である。

6 コーキングの老化について

建築材料としてどのような素材を使用しても経年による老化は避けられないのであり、その上、本件建物内では、前述のように引渡後の原告による建物管理が十分なされていなかったことにより結露を生じており、窓周辺は特に結露を生じやすいことからコーキング材が急速に老化したことが考えられる。

7 本件実験について

(一) 原告は、本件実験において、本件建物北側に設置されたU字溝の東西の両端をせき止めた上で同溝内に大量の水道水を流入させていたのであり、原告が主張する時間にわたって水道水を流入させたとすると、その総量は少なくとも八六立方メートルになると推測され、本件実験はごく短時間に日本における年間降水量の二倍近い量の降水があったと同じ条件の下で行われたことになるから、このような現実にあり得ない条件下で行われた本件実験に基づく観察結果には何らの意味もない。

(二) 原告は、本件実験によって一階玄関の北側地下壁部分の鉄筋及びブロックに湿り気が認められたというが、仮にコンクリート壁を浸透した水が滲出したのであれば、本件実験においては前記のように極めて大量の水を流したのであるから、もっと大量の水の滲出が認められるはずであるところ、そのような事実はない。

(三) 本件建物東側から大量の水が噴出したことについては、本件実験では前述のように極めて大量の水が流されたため、本件建物の北側等に設置された透水層及び通水パイプを通して排出できなかった水が地中に十分吸収されなかったところ、本件建物には北側からの土圧に耐えられるように基礎下部に東西向きに下駄の歯状の突起基礎を設けていることから、地中に浸透したが吸収されなかった水が右突起基礎でせき止められて低い東側へ集まり、東側の前面道路付近から噴出した可能性がある。

(四) 原告は、本件実験により玄関床に浸水現象が生じたとするが、本件建物の床下基礎部分には厚さ0.15ミリメートルの防湿フィルム二枚が敷かれていて、下からの湿気を遮断する措置がとられているのであるから、結露ないしは本件建物東側の植込みからの浸水により床を濡らすことはあっても、地下からの水が玄関の床上に滲出することはありえない。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1  地下水の浸透の可能性について

本件建物の建築に先立って実施されたボーリング調査では、本件土地の地下水常水面の確認はできず、しかも、本件土地は右調査時には従前の斜面のままであったので、右調査における掘削到達点が斜面を掘削し整地した後の本件土地との関係でどこに位置するか不明である。むしろ、証人森崎三千夫の証言によれば、本件土地の地下水常水面は、本件建物基礎工事時において南側公道面を基準にして約2.5メートル下であり、本件建物の基礎の最深部は地下水常水面より下に入り込んでいるのである。また、降水状況等により地下水常水面は常に変化する可能性があるから、地下水が本件建物の外壁から浸透する可能性は高いものであった。

2  他の防水工事の状況

(一) 打継ぎ部分への止水板の設置

打継ぎ部分からの浸水を防止するために、本件建物においては塩化ビニール製の止水板を躯体コンクリート壁中に埋め込む設計がされているが、止水板は、水平方向からの浸水に対しては一定の防水効果を期待できるが、止水板まで到達した水が止水板を伝わってコンクリートの小さな穴やひびを通じて内部に浸水する可能性まで払拭することはできず、また、施工状況によっては、水平方向からの浸水についても完全な防水はできない。

(二) 透水層の設置

透水層があれば、その外側に到達した水はいち早く建物の下に運ばれ、その結果、建物への浸水の可能性は低減されるといえるが、砕石間に土砂が混入するなどしてその機能が喪失ないし低減する危険がある。さらに本件建物の北側には透水層が存在しない可能性がある。

(三) 外壁面へのセリノール防水

セリノール防水は、コンクリート躯体表面に塗布したセリノールがコンクリート内部の毛細管に染み込んで緻密化することにより防水効果を発揮するものであるが、打継ぎ部分を通じて浸水する場合や、コンクリート型枠を固定するためのセパレーター沿いに浸水する場合、コンクリートのひび割れを通じて浸水する場合には効果がない。また、本件建物外壁の一部には塗布されていない。

(四) 外壁の厚さ

外壁の厚さを当初の二五〇ミリメートルから三〇〇ミリメートルに増やしたとしてもコンクリートの材質上、防水上の効果はない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実については、被告嶋崎興産との間では争いがない。

二  そこで本件建物の瑕疵の有無について検討する。

1  水抜き空間及び排水パイプが設置されていないことについて

(一)  本件建物北側地下壁が二重構造となっているが、その間の水抜き空間が現状では一〇ミリメートル程度しかないことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に証拠(甲一、三ないし一五の1、一九の1、二〇、検甲一ないし四及び六《いずれも枝番を含む。》、乙一ないし一三、丙一ないし五、鑑定結果、証人森崎三千夫《ただし、以下の認定に反する部分を除く。》及び同中本嘉彦の各証言、被告寺元工務店代表者尋問の結果《ただし、以下の認定に反する部分を除く。》)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件建物は、山の斜面を掘削してそこに地下一階部分をはめ込むような形で建てられた鉄筋コンクリート造、地下一階地上二階建ての建物であり、地下一階部分には南側公道に面して入口が設けられ、これからアプローチを設けて、北側に玄関が設けられており、地下一階部分及び地上一階部分の北側壁は掘削した山の断面に直接接する地下壁となっている。

一般にコンクリート製の地下壁を設置する場合、コンクリートが元来浸水可能性の高い建築材料であることから、地下に浸透する雨水や地下水の浸水に対する十分な対応を要する。そのため、躯体コンクリートによる地下壁とは別に建物の内側に立ち上がり基礎を設けてその上部にコンクリートブロック造の壁を設置して二重壁構造とし、躯体コンクリート地下壁を通過した地下水等を、躯体コンクリート地下壁と右立ち上がり基礎部分との間に設けた溝に溜め、これを排水パイプで排出する設備を設けるのが通常の工法である。また、右排水設備を有効に機能させるためには、躯体コンクリートの地下外壁と右立ち上がり基礎ないしコンクリートブロック壁との間の水抜き空間の幅が少なくとも一〇〇ミリメートル以上は必要とされている。

右のようにコンクリート製の地下壁を造る場合に右排水設備が施工されるのが通常である理由は、その他の防水加工法や透水層の設置は効果が限定されており、また、時間の経過と共に効果が劣化するものであるから、これら他の防水措置にもかかわらず地下水等が建物内に浸入した場合、右排水設備が最終の排水手段となって建物は浸水を免れることができるという点にある。

(2) 本件建物設計図面においても、地下一階部分の北側壁は、躯体コンクリートの内側にコンクリートブロック壁を設けて二重構造とし、その間に幅一〇〇ミリメートルの水抜き空間を設け、その底部に排水パイプを設置することが予定されていた。

しかし、被告寺元工務店が本件建物を建築するにあたっては、外壁にセリノール防水加工等をすることにより防水機能は足り、むしろ内装を優先させるとの同被告従業員で現場監督であった森崎三千夫の判断に従い、水抜き空間である二重壁の隙間を事実上塞いでしまい(約一〇ミリメートルの幅があるが、コンクリートブロックの目地詰めモルタルによりほとんど塞がれている。)、排水パイプも設置しないことにしたものである。そして、右工事の変更については、原告の了解を得ず、工事監理者の了解を取りつけることもしていない。

(3) 平成三年六月中旬ころ、二、三日雨が降り続いた際に、本件建物内において、地下一階の玄関ホールの北東隅付近からかなり広い範囲にわたって水が浮く浸水現象が生じ、同様の現象が、同年六月ころは毎週のように発生し、さらに同年九月ころ、平成四年六月ころ及び同年九月ころにも生じた。

浸水現象の原因は確定できないが、右排水設備が具備されていれば生じることはなかったものである。

(4) 原告は、浸水現象の原因究明のため、本件建物の地下一階の階段下に設置された物置内において北側の壁の一部を損壊したところ、二重壁の間の水抜き空間は大部分が塞がれていることが判明した。また、同物置内部の北側プラスターボード壁に打たれた釘は、床から1.5メートルの高さに打たれたものまで錆付いていた。

(二) 以上の認定事実に照らせば、水抜き空間及び排水パイプは、本件建物のような地下壁を有する建物の構造上、最終的排水手段として極めて重要な設備であり、また、本件売買契約上、本件建物が具備すべき設備として合意されていた事項であるというべきである。そして、水抜き空間及び排水パイプ等の二重壁排水設備が存在しないために浸水現象が発生したものである以上、右排水設備の存在しないことは本件建物の構造上及び売買契約上の重要な瑕疵であるといわねばならない。

(三)  被告らは、本件建物地下壁については、地下水による浸水のおそれがなく、かつ、他の防水対策が十分にとられているから水抜き空間を設ける必要はなく、これがないことは瑕疵とはいえない旨主張するので検討する。

(1) 被告らは、本件土地の地下水の常水面の位置は浸水の懸念がないほど低い旨主張する。そして株式会社勇コンサルタンツが平成元年五月二五日ないし同年七月二〇日の間に整地前の本件土地につきボーリング調査を実施した結果、地下水常水面の位置を確認できなかったことが認められるが(乙一四)、もともと地下水常水面の位置は絶えず変化するものであるうえ、右調査時点における掘削到達点が斜面を掘削し整地した後の本件土地との関係でどこに位置するかも明らかではなく、右調査結果から直ちに本件土地の常水面が本件建物へ地下水が浸水する危険性がないほど低いと推認することはできない。かえって、証人森崎三千夫の証言によれば、本件建物基礎工事時点で実際に確認した本件土地の地下水常水面の位置は、南側公道面から約2.5メートル下であり、本件建物の基礎部分の再下端は常水面より約一〇ないし二〇センチメートル下方にあったことが窺われ、これによれば、降水等による常水面の上昇により地下水が本件建物内部に浸水する可能性は十分にあったというべきである。

(2) 被告らは、また、躯体コンクリート壁の厚さを当初設計の二五〇ミリメートルから三〇〇ミリメートルに変更したことにより、躯体コンクリート壁を通じて地下水等が浸透する可能性は極めて低くなり、外壁面には防水剤が塗布され、打継ぎ部分には塩化ビニール製の止水板が埋め込まれ、北側にも透水層が設置されているから、防水措置としては十分である旨主張する。しかし、躯体コンクリート壁の厚さを五〇ミリメートル増したとしても、コンクリートの材質上、防水性を増加させたものとはいえず(証人中本嘉彦)、防水剤の塗布や止水板による防水効果も完全なものではなく(甲一一、乙一三、証人森崎三千夫及び同中本嘉彦)、透水層もどの程度の機能を有するものが設置されているのか証拠上明らかではなく、先にみた水抜き空間及び排水パイプの設置の意義及びその必要性に鑑みれば、右のような防水措置が施されているとしても、水抜き空間及び排水パイプの設置を必要としないことの理由とはならない。

(四)  被告らは、また、浸水現象が結露によるものであり、北側地下壁からの浸水によるものではないと主張する。しかし、地下一階の玄関ホールにのみしかも北側部分を中心に浸水現象がみられたこと、地下一階物置内の北側プラスターボード壁に打たれた釘が床からかなりの高さに打たれたものまで錆付いていること、本件実験開始後約一時間で、当時長期間にわたり降雨がなかったにもかかわらず、本件建物地下一階物置内の北側壁部分が湿り気を帯び、その後、本件建物玄関床部分に浸水現象が見られたこと(甲四、八)からすると、浸水現象は単なる結露によるものではなく、北側地下壁からの地下水の浸入によるものと認めるのが相当である。

2  東側透水層及び透水管が設置されていないことについて

証拠(甲六、一五の1・2、一六、検乙二、証人森崎三千夫)によれば、当初設計図面で設置が予定されていた東側透水層及び透水管については、北東部分を除いて設置されていないこと、右工事の変更については原告の了解を得ていないことが認められる。したがって、東側透水層及び透水管が存在しないことは、契約内容と異なっているが、これらを設置することが通常の工法であるとはいえず(証人中本嘉彦)、これらが設置されていないとしても本件売買契約の目的である本件建物の転売あるいは居住目的を損なうような瑕疵であるとまで認めることはできない。

3  北側ドライエリア底部のモルタル防水のひび割れ及び窓枠コーキング材の老化について

証拠(甲六、検甲四の1ないし6、鑑定結果、証人中本嘉彦)によれば、北側ドライエリア底部のモルタル防水のひび割れや窓枠コーキング材の老化が生じていることが認められるが、一方、右ひび割れの発生を完全に防止することは困難であることも認められる。また、右ひび割れやコーキング材老化の原因及びこれらが本件建物に及ぼす影響は明確ではないから、これらを瑕疵とまで認めることはできない。

4  本件建物にその他の瑕疵があると認めるに足りる証拠はない。

三  被告らの責任について

1  被告嶋崎興産の瑕疵担保責任について

(一)  契約解除に基づく原状回復請求について

(1)  証拠(甲二、一九の1)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件土地・建物を第三者に転売する目的で購入し、被告嶋崎興産もこれを認識していたことが認められるのであるが、先に見たように、本件建物には北側地下壁に水抜き空間及び排水パイプが設置されていないという重大な排水設備上の瑕疵があり、そのため浸水現象が発生し、今後も発生する可能性があるといえる。このような瑕疵を有する本件建物は快適な居住を保証するものとはいえず、新築建物として転売することは困難であるといわざるを得ない。なお、右瑕疵に対する応急修理としては、排水のため床下に溝を作るなどのことが考えられるが、それでは新築建物としての外観を損ない商品価値に影響するし、右瑕疵を根本的に補修するには、二重壁のうちコンクリートブロック積みの壁をいったん撤去し、水抜き空間を確保するとともに床部分を破壊するなどして排水パイプを設置する必要があるが、新築に等しい工事をすることであり、事実上不可能である(鑑定結果、証人中本嘉彦)。

右のような事情を考慮すると、本件建物を第三者に転売することは困難であって、本件建物の敷地である本件土地もこれのみを転売することは期待できないから、本件土地・建物のいずれについても、本件売買契約の目的を達成することはできなくなったというべきである。

(2) 原告が、平成四年一二月一八日に被告嶋崎興産に到達した書面により、同人に対し本件売買契約を解除する旨予備的に意思表示したことは、被告嶋崎興産との間では争いがない。そして、その後前記の本件建物の瑕疵が判明したことにより、原告は平成六年九月二二日に被告嶋崎興産に到達した書面(同月二一日付け「訴変更の申立書」)において右意思表示の効果を確定的に主張するのであるが、予備的に本件売買契約を解除するとの趣旨が明らかではないうえ、後の確定的意思表示により予備的意思表示の時点まで遡って解除の効果を生じるとすることは、不当に長期間にわたり売主の地位を不安定なものにするおそれがあり妥当でないから、本件においては平成四年一二月一八日をもって本件売買契約が解除されたと解することはできない。しかし、原告が平成六年九月二二日到達した書面(同月二一日付け「訴変更の申立書」)において重ねて本件売買契約解除の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから、本件売買契約は同日をもって解除されたものと認められる。

(3) したがって、被告嶋崎興産は、本件売買契約解除に基づく原状回復義務として、受領済みの売買代金三億円及びこれに対する右代金支払の日である平成三年三月二〇日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による利息金の支払義務がある。

(二)  瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求について

(1) 瑕疵担保責任に基づく損害賠償の範囲は、買主が売買契約を有効なものと誤信したことにより被った損害(以下「信頼利益」という。)の範囲に限られるものと解するのが相当であるところ、原告の請求する損害のうち弁護士費用は信頼利益に含まれないというべきである。

(2) 原告が本件売買代金の資金として東海銀行から借入をしたことは契約を有効と信じたための契約履行の準備行為であるから、同銀行に支払った平成三年四月三〇日から同九年二月末までの利息合計五七八六万一四〇五円(甲一七の1ないし5、一八)は信頼利益の範囲に属する損害であり、被告嶋崎興産は右損害の賠償責任を負う。

(3) 原告は慰謝料を請求するが、原告は前記のとおり本件建物を転売して利益を得ることを目的としていたのであり、財産的な賠償によってもなお回復されない精神的損害があるというような特段の事情があるとは認めることはできないから慰謝料の請求は理由がない。

(4) したがって、被告嶋崎興産は、瑕疵担保責任に基づき、五七八六万一四〇五円及びこれに対する本件口頭弁論終結の日の翌日であることが記録上明らかな平成九年五月二七日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

2  被告寺元工務店の不法行為責任について

本件建物に瑕疵があることは前述のとおりであるが、請負人が瑕疵ある建物を建築した場合、それが請負人の責めに帰すべき事由による場合であっても、請負人は民法六三四条以下に規定された瑕疵担保責任を負うにすぎず一般の債務不履行責任を負わないと解するのが相当であることからすれば、請負人が注文者や第三者に対し不法行為責任を負うのは、注文者やその後の建物取得者の権利や利益を積極的に侵害する意思で瑕疵ある建物を建築した等の特段の事情がある場合に限られると解すべきである。

先にみたように、被告寺元工務店が本件建物北側地下壁について、適当な水抜き空間や排水パイプを設けなかったことは不適当といわざるを得ないが、同被告において原告の権利や利益を積極的に侵害する意図で右地下壁工事を行ったなどの特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はないから、その余の点を判断するまでもなく、被告寺元工務店は、不法行為責任を負わないというべきである。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、被告嶋崎興産に対し三億五七八六万一四〇五円及びうち三億円に対する平成三年三月二〇日から、うち五七八六万一四〇五円に対する平成九年五月二七日からいずれも支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告寺元工務店に対する主位的・予備的請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤西芳文 裁判官甲斐野正行 裁判官井川真志)

別紙物件目録〈省略〉

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